J_Uの日記

芸術とその価値観などについてです。

”水”を見て学ぶ その不自由さ、自分で作ってますよ?

古の教えから、人には柔軟な生き方をすることを勧めています。

 

孔子 ”上善は水の若し” と述べたように。

 

この言葉は、川の流れる水を見ていて思ったそうで。

 

簡単に言うと、水はあらゆる形態の理想形であると。

 

自然に恵みを与え、人の喉を潤し、利益を与える。

 

必要な時には濁流となり、岩を動かし、削り、金属を切断するほどの力も持つ。

 

あらゆる形に姿を変え、どんな型にも当てはまることができる柔軟性を持つ。

 

 

ものすごい勢いで進む現代社会では、どんな姿かたちにも変えることができ、

 

問題の打開策、解決能力、判断力、決断力が必要です。

 

これだけ昔から言われていた”真理”をわかっている人はどれだけいるでしょう?

 

 

あれがなくてはいけない、

 

これじゃないといけない、

 

こうするべきだ、あぁであるべきだ。

 

”酒がないとやってらんない。”

 

”ごはんがほしいなぁ”

 

”ラーメンは黙って食え!”www

 

”こんなのは寿司じゃない!”wwww

 

”蕎麦はこうやって食うんだよ、これが通なんだ”wwwww

 

”ここで働く限り、服装はこうじゃなきゃいけない”

 

”ピアス禁止、タトゥー禁止、あれはダメ、これはダメ”

 

 

マニュアル好きな人が作っている自分への不自由さ。

 

 

四角い型、あるいは三角の型、決まった型の中でしか生きられない存在。

 

カチコチに凝り固まった頭と思想と考え。

 

それはもはや、弱点以外のなにものでもありません。

 

 

それを自ら作っている事の愚かさ。

 

 

時代が変わると同様に、科学も、思想も、価値観も、全て変わります。

 

進化するというのは、変化するという意味でもあります。

 

それに対応できない人間は死んでいくか、

 

ある一定の箇所で小さくコミュニティを作りながらひそひそと暮らす結果になるか

 

のどちらかです。

 

 

体罰は必要なときもある というのはもはや死語です。

 

 

現代科学では、体罰が与える人への有利な点は1つもないことを証明しています。

 

それどころか、悪影響しかありません。

 

昔はあぁだったのに、自分の時代はこうだった とか言い出す連中は

 

変化に対応できない知性の低い人間である

 

ということも証明されています。

 

 

 

科学が日々、進歩しているので、変わることなど自然なのです。

 

”前はああ言っていたのに、今はこんなこと言っている”

 

という指摘は変化に対応できない人間、凝り固まった人の言う言葉です。

 

 

人は成長する を前提に考えると、変わるのは自然なことです。

 

 

たまには流れる水をじっと見てみるのもよろしいかと。

 

 

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